契約結婚のはずなのに、予定外の懐妊をしたら極甘に執着されました~強引な鉄道王は身ごもり妻を溺愛する~
 湖面をわたる高原の風がさわやかだった。
 でも、そのひんやりとした空気がなぜかさみしかった。自分が望んだ距離感なのに。

 ちょっと気まずい雰囲気のまま、列車に戻って二時間後。軽井沢駅を出発した『グラントレノ あきつ島』は、あっという間に上野駅に到着した。

「東京に戻ってきちゃいましたね」

 列車を降りると、湿度の高い空気に包まれる。東京らしい湿気に、わたしは一泊二日の旅が終わったことを実感した。

「それじゃあ、これで。忙しいと思いますけど、体に気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」

 わたしと伊織さんは、『あきつ島』専用の二十一番線のホームで別れた。
 彼のプライベートの連絡先も知らないし、次の約束もない。華やかできらびやかな一夜の夢は、幕を閉じたのだ。
 また明日から仕事が始まる。入社してから何年も繰り返してきた、平凡な毎日。そして、たぶん一年先も二年先も変わらない職場。
 会社で待ち受ける物見高い人々を思い出して、わたしは少し憂鬱になった。アパートの近くのコンビニで、ちょっといい缶ビールでも買って、ささやかな日常に帰ろう。
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