契約結婚のはずなのに、予定外の懐妊をしたら極甘に執着されました~強引な鉄道王は身ごもり妻を溺愛する~
 エレガントな車両、行き届いたサービス、最高級の食事においしいお酒。
 そして、一夜だけ肌を合わせた極上の男。
 三十二歳の若さにして東條財閥のトップ。女優だった母親譲りのクールな美貌。その裏側に優しさと孤独を隠した、魅力的な人。
 どこからどう見ても、雲の上の存在だ。
 そこまでぼんやりと考えたところで、ふと目を開けると、車窓の向こうに見慣れた駅名が見えた。

「あ、もう着いたのね」

 慌てて下車して、人の流れに乗って改札を出る。無意識に駅前のコンビニに寄って缶ビールを買おうとして、はっとした。

「お酒は……やめとこ」

 実は、だいぶ前から飲酒を控えていた。
 ずっと体調が悪かったというのもあるけど、ひょっとしたらという疑念があった。
 まさか、そんなばかなことがあるわけない。そう自分をごまかしながら、ここまで来てしまったけれど、もう逃げてばかりもいられない。
 わたしは傘を差し直して、駅の反対側にあるドラッグストアへと向かった。



  * * *



 翌朝には雪もやみ、いいお天気になった。夜の間に積もった雪も、午前中でだいぶ溶けている。
 わたしは日陰に残る薄氷を踏まないように気をつけながら、クリニックの玄関ポーチを出てアパートへの道をたどった。
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