契約結婚のはずなのに、予定外の懐妊をしたら極甘に執着されました~強引な鉄道王は身ごもり妻を溺愛する~
 さすがにそれはまずい。心の準備も、部屋の片づけもできていない。

「あの、もう遅いので、その」

 スマートフォンの向こう側で、伊織さんが苦笑する気配がした。

『そうか、たしかに遅い時間だった。すまない。気がせいてしまって』
「そんなに慌てさせてしまって、ごめんなさい」
『いや、そういう意味じゃないんだが』
「わたし、伊織さんと会ってお話したいことがあるんですが……近々お会いできませんか?」
『もちろん。うれしいよ。ただ、まとまった時間が取れるのは、一週間後になってしまいそうだ』
「はい。では、来週の金曜日に。終業後、伊織さんの会社へうかがえばいいですか?」
『そうだな。それが一番早いかもしれない』

 三か月ぶりに聞いた伊織さんの声は優しかった。

『結菜、楽しみにしている』

 あの夜、耳もとで何度も呼ばれた名前をスマートフォン越しにまたささやかれて、わたしは切なくてたまらなくなった。
 再会の約束を喜んでくれている様子の伊織さん。でも、妊娠のことを打ち明けたら、どうなってしまうんだろう。
 ローテーブルにスマートフォンを置いて、ため息をつく。
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