もう一度、重なる手
プロローグ
 
 ジーッ、ジーッ……、と。最後の選択を迫られた私の耳に、セミの声が耳鳴りみたいに聞こえていた。

 網戸にして開けた窓からは少しも風が入ってくることはなく、外の熱気ばかりが流れ込んでくる。

 深刻な雰囲気に包まれたリビングで、私はひとりだけひどく汗をかいていた。

 今でも、耳鳴りのようなセミの声を聞くと、肌に纏わりつくような夏の空気に触れると、あのときの自分の選択がほんとうに正しかったのかよくわからなくなる。


「おいで――」

 あのとき。私に向かって差し出された手をつかめたら、どれほどよかったか。その手が私の手をとって、強引にでも連れ去ってくれることをどれだけ切に願ったか。

 自ら手を伸ばさなければ、彼とのつながりは切れてしまう。

 幼い心にも、それだけははっきりとわかっていて。泣き出しそうになるのを堪えて、私は首を左右に振った。

 身を引き裂かれるような、つらくて哀しい決断だった。

 私が出した答えを、彼はただ静かに飲み込んだ。けれど、その瞳の色は深い哀しみに満ちていた。

 彼のことを考えるときに思い出すのは、ともに過ごした優しい時間と、別れた日の切なげなまなざし。それから、湿度を含んだ夏の熱気。

 もし、今の私の目の前に彼が現れたなら。

 もう一度、手を差し伸べられたなら。私は――。

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