もう一度、重なる手
「じゃあ、また……」
名残惜しい気持ちでアツくんに手を振る。手を振り返してくれるアツくんに、少し切ない気持ちで背を向けたとき――。
エレベーターの中にいた数人の乗客の中に、翔吾くんの姿を見つけた。
私と、その後ろに立っているアツくんの姿をとらえた翔吾くんの瞳がカッと大きく見開かれ、薄い唇がゆっくりと動く。
「史花……?」
声もなく私を呼ぶ翔吾くんの、色を失った表情に、ゾクリと背筋が震えた。
「乗らないの?」
足がすくんで一歩も踏み出せなくなってしまった私に、扉の近くに立っていたスーツの男性が苛立った様子で声をかけてくる。
「あ、え、あの……」
乗らなきゃ。翔吾くんに近寄って「偶然だね」って声をかけて。
「最近ちょっと貧血気味で、アツくんの働いてるクリニックで検査受けてたんだ」ってふつう通りに笑って。「今からお昼なんだけど、下のカフェで食べる?」なんて誘いかけて。
そうすればきっと、大丈夫。翔吾くんだって、怒らないはず……。
頭ではそんなふうに思うのに、実際には水槽の魚みたいに口がパクパクと動くだけで、声が出ない。