もう一度、重なる手

「ごめん、今日はもう切るから。また今度ゆっくり話そう」

「ちょっと史花……!」

 スマホを耳から離しても母の叫び声が聞こえてきたけれど、もう母に構っている余裕はなかった。通話を切ると、早足で玄関へと急ぐ。

「翔吾くん、いらっしゃい」

 インターホンも鳴らさずに合鍵で入ってきた翔吾くんにへらりと笑いかけると、彼が私の手元のスマホに視線を向けてきた。

「電話、誰?」

 私の名前を呼ぶでも、愛想笑いを返してくれるわけでもない。私に会った瞬間、翔吾くんが口にしたのは、冷たいひとことだった。

「母からだけど……」

「着歴見せて」

 機械的に手を突き出してくる翔吾くんの瞳には温度がなく、ハナから私の言うことなど信じていないみたいだった。

 私たちの信頼関係の糸は、もう完全に切れている。そう思ったら、反論するのも面倒になった。

 スマホのロックを解除して無言で差し出すと、翔吾くんが無表情で着信履歴をチェックして私に戻してくる。

「本当にお母さんからだったんだ。慌てて切ってたみたいだから、また《アツくん》かと思った」

 靴を脱いで家に上がりながら、翔吾くんが唇を歪めて皮肉っぽく笑う。

 そのまま当たり前みたいにリビングに上がり込んでいく翔吾くんの背中を、私は複雑な気持ちで追いかけた。

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