もう一度、重なる手
怖くても家に帰らなければ……。ビルのエレベーターを降りたところで先に進めずしばらく足踏みしていると「フミ?」と呼ばれた。
ちょうど一階に着いたエレベーターから降りてきたアツくんが、私に気付いて歩み寄ってくる。
「今帰り?」
「うん……。アツくんも、今帰り? いつもより早いね」
「そうだよ。俺は今日、午前中の外来のみだったから、午後からは雑務をしたり、次の学会の資料に目を通したりしてた」
「そうなんだ……」
「せっかく会えたし、駅まで一緒に帰る?」
「うん……」
笑顔で話すアツくんの気配を隣に感じながら、私はなんとなく彼から顔を背けた。
まだうっすらと残っている頬の痣はファンデーションでカバーしたし、会社でも誰にも気付かれなかったから大丈夫だと思うけど……。アツくんは妙に鋭いところがあるから、油断できない。
うつむきながら駅のほうに向かおうとすると、「そういえばさ」とアツくんが話しかけてきた。
「この前のこと、大丈夫だった?」
「この前のこと……?」
「うん。三日前に小田くんとエレベーターで鉢合わせたでしょ。フミ、あのあとすごく動揺してたから気になってて。昨日もおとといも、もしかしたらフミがいるかと思って休憩スペースに様子を見に行ったんだけど、時間がずれてるのか会わなかったね」
アツくんの言葉に、心臓が嫌な感じでドクンと鳴った。