もう一度、重なる手
一年ほど付き合っていたけれど、翔吾くんには母親との微妙な関係や自分が育ってきた家庭環境のことを打ち明けられなかった。
翔吾くんから将来についての話を持ちかけられたときも、やっぱり言えなかった。
翔吾くんに、いい年をして男の人にだらしのない母のことを知られたくなかった。
今思えば、話せない、隠したいと、そう思っている時点で、翔吾くんとの未来はなかったのだろう。
一生涯、母のことを隠し通して翔吾くんと生活していくのは不可能だから……。
「ごめん、翔吾くん。別れてほしい。それから、家の鍵も返して……」
翔吾くんはしばらく渋っていたけれど、どう説得しても私の気持ちが変わらないとわかると、カバンに入れたキーケースの中から、私の家の鍵を外してくれた。
「ごめんな、傷付けて……」
私の手のひらにポトンと鍵を落としながら、翔吾くんがつぶやく。
「私も、ごめん……」
翔吾くんが私に向けてくれた気持ちに応えきれなくて。
翔吾くんだって、初めは明るくて優しくて。こんなふうに、私を束縛する人じゃなかった。
私の態度が彼を不安にさせて……。彼を変えてしまった。
未練とは違う。だけど、少し切なく悲しい気持ちで、手のひらの鍵を握り締める。
終盤は互いに互いを苦しめてきた私と翔吾くんの恋は、彼の涙とともに静かに終わっていった。