もう一度、重なる手

 アツくんは土曜日も診察に出るので、そのあいだに部屋の掃除をしたり、ごはんを作ったりするのが私の役目だ。

 アツくんは「何もせずにゆっくりしてたらいいのに」と言ってくれるけど、私がしたくてやっている。

 料理はもともと、得意なわけでも特別好きなわけでもない。料理を含めた家事は、母とふたりで暮らしている頃からなんとなく義務的にやっていて、大人になるまでにそれなりになんでもできるようになった。

 でも、義務的に料理を作るのと、誰かのために料理を作るのとはモチベーションが全然違う。

 アツくんは私が作ったものをなんでも褒めてくれるから、彼の家での家事は楽しかった。

「今日は何作ってくれたの?」

 着替えを済ませたアツくんが、サラダを作っていた私の手元を横から覗き込んでくる。

「ビーフシチューだよ」

「あ、やっぱり。玄関開けたとき、それっぽいいい匂いがすると思ったんだ」

 嬉しそうに笑うアツくんの顔を見たら私まで嬉しくなってきて。胸の中がぽわぽわと温かい気持ちになった。

「何か手伝う?」

「もうすぐだから、座って待ってていいよ」

「じゃあ、スプーンとかグラス並べとくよ。そういえば、先週買ったワイン残ってたよね」

 アツくんがそう言いながら、冷蔵庫から赤ワインを取り出す。

 私は食卓の準備を整えてくれるアツくんを横目にサラダを仕上げると、用意していたバケットをスライスして軽く焼き、ビーフシチューの鍋に火をかけた。
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