もう一度、重なる手

◇◇◇

 母が私たちの前に姿を現したのは、待ち合わせした時間から三十分以上もあとのことだった。

「途中で電車の乗り換えを間違えちゃって、随分遅くなっちゃった」

 カフェの店員に案内されて私たちのテーブルにやってきた母は、私の隣の席に座ると悪びれのない顔で笑う。

「お母さん……」

 ひとこと謝罪の言葉はないの……?

 文句を言おうと眉間を寄せたら、向かいの席にアツくんと並んで座っていた二宮さんに静かに目で制された。

 三十分以上も待たされたのに、二宮さんは少しも腹が立たないのだろうか。

 申し訳なく思いながら小さく頷くと、二宮さんがメニューを広げて注文を考え始めている母に視線を向ける。

「ひさしぶりだね、梨花さん」

「ほんとうに、おひさしぶり。元気だった?」

「元気だよ。梨花さんも相変わらず、元気そうだね」

 二宮さんから先に声をかけられて、普段よりもあきらかに気合いの入れたメイクをした母が、にこやかに微笑み返す。

 二宮さんと母も、離婚してから十四年会っていないはずだ。内心ではお互いのことをどう思っているのかわからないが、挨拶を交わし合うふたりの態度は表面的には穏やかだった。
< 194 / 212 >

この作品をシェア

pagetop