もう一度、重なる手

 宙を見つめて固まってしまった母と、伝票を持って去ろうとする二宮さん。

 そんな二人に交互に視線を投げつつ戸惑っていると、二宮さんについて席を立ったアツくんが、私に手を差し伸べてきた。

「おいで、フミ」

 アツくんが優しく目を細めて首を傾げる。

 その姿をぼんやりと見上げながら、『あのとき』と似ていると思った。

 十四年前の、重大な選択を迫られたあの夏の日。

 ここはホテルのカフェの中なのに。手を差し伸べてくれるアツくんは、もう制服姿の高校生ではないのに。

 頭がぼんやりとして、ジーッ、ジーッという蝉の声の幻聴が聞こえてくるような気がする。


『史花はお母さんと来る? それとも、二宮くんのところに残る?』

 切羽詰まったような、悲しそうな母の声。

『おいで、フミ』

 私を呼ぶ、少し掠れたアツくんの声。

 どちらの手を取るべきか悩む私の耳に、ジーッ、ジーッと五月蝿く蝉の鳴き声が木霊し、思考を掻き乱す。

 二宮さんのところで、アツくんと一緒にいたい。

 でもそうしたら、お母さんは――?

< 201 / 212 >

この作品をシェア

pagetop