もう一度、重なる手

◇◇◇

 午後六時に仕事を終えて会社を出た私は、スマホに届いていたアツくんからのラインのメッセージに顔を綻ばせた。

〈さっき言い忘れたんだけど……。いつも仕事終わりに一階のカフェでコーヒーを飲んでる。だいたい夜八時頃。よかったら、フミもぜひ。〉

 メッセージが送られてきている時間が五時間以上も前。アツくんは午後からの診察に入る前に連絡をくれたらしい。

 八時までにはまだ随分と時間があったけれど、せっかくのアツくんからの誘いを断るわけにはいかない。

〈今、仕事が終わりました。先にカフェでコーヒーをいただいています。〉

 スマホを両手に握りしめると、親指でタタッとすばやく文字を打って送信する。

 アツくんとの初めてのラインのやりとりに、私は密かに胸を高鳴らせていた。

 ふわふわして、そわそわして、ドキドキして。まるで、初めて付き合った彼氏にメッセージを送るときのようだ。

 アツくんは、そんなふうに意識して、緊張するような相手ではなかったはずなのに。

 アツくんは、十四年前に別れた私の義理の兄だ。

 私の実の父親が亡くなったのは、私が幼稚園の頃。仕事中に突然倒れて病院に運ばれた父は、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 そのときのことはあまりよく覚えていないけれど、父が優しい人だったことはなんとなく覚えている。

 仕事から帰ってきた父を玄関まで出迎えると、「ただいま」と嬉しそうに笑って、大きな手で私の頭を撫でてくれる。それが、私のなかに残っている数少ない父の記憶だ。

< 8 / 212 >

この作品をシェア

pagetop