もう一度、重なる手

 スマホで時間を確かめると、昼休みはあと二十分残っていた。

 カバンの中には、数日前に買った恋愛小説が入っている。お気に入りの作者の本で、発売前から読むのを楽しみにしていた。

 それなのに、購入してカバンに入れたまま、私はまだその本を一ページも捲れていない。

 残りの昼休みで、読書を楽しむ気分にもなれない。

 早めに仕事に戻ろうかな。

 のろのろと立ち上がると、私は休憩スペースを出た。エレベーターで大洋損保のオフィスのある二十階まで降り、すぐ左手にあるドアを押し開ける。

「休憩戻りました――」

 オフィスの中に下向き加減で足を踏み入れたそのとき。

「おかえりなさい。お疲れさまです、後藤さん」

 入り口のカウンターのほうから、よく知っている声が聞こえてきた。

 ドキッとする、というよりはビクッとして顔をあげると、やっぱりそこには翔吾くんがいて。私に他所行きの爽やかな笑顔を向けてくる。

「あ、お、お疲れさまです……」

 吃りながら返した声が震えた。
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