この胸が痛むのは
「急ごうと思いますの。
 今回は諦める、と言われましたけれど、弟がまた体調を崩して……
 私が居る限り、また繰り返される」

「カランの遠縁の名前で、留学用の旅券……」

言いかけた俺にクラリスは自分の口許に人差し指を立てて見せた。
少し広い場所に出て、簡単なガーデンチェアが並んでいて、そこに座るように身振りをする。


「誰にも聞かれてないと思うけれど、念の為あっちの言葉で話しましょう」

トルラキア語か。
リヨンの言葉を話せる使用人は侯爵家なら多いだろうが、トルラキア語は普及していないから。


「そうだな、わかった」
 
先ずはこちらの用件を伝える。


『あちらでの生活の足しになればと、国外に持ち出しやすいドレスを贈ろうとしたが、間違いであんな形になった。
 ドレスは持ち帰るが、後日お詫びを兼ねて上乗せした現金を送るので、私の名前の入ったカードは今日、目の前で廃棄して欲しい』
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