この胸が痛むのは
人前でフォードと、呼ばれたのも初めてだった。
たまに、ごくたまにふたりだけの時に、彼女は俺をフォードと呼んだ。


『特別なひとに呼んで貰いたい名前にだけ、拘ればいい』
いつだったか、ストロノーヴァ先生に言われた
言葉。

俺がアグネスにだけ呼んで貰いたい名前。
大切に丁寧に、そっと呼び掛けてくれる名前が
フォードだった。


「丁度ね、お渡ししたいものがあったの。
 温室に行きましょう」

にこにこして俺の手を引っ張る。
笑顔だが、有無を言わさぬ感じで、こんなアグネスは初めてだった。


温室……。
さっきまで、クラリスと居た場所だ。
あそこに戻るのか?
嫌だった、戻りたくなかった。

今まで何度も、この邸に来ていたが。
アグネスと温室なんて行ったことはなかった。
さっき、クラリスと入ったのが初めてだった。

急に温室なんて、もしかして。
君は知ってる?
変な真似はしていない……
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