この胸が痛むのは
トルラキア? ストロノーヴァ先生?
懐かしいお名前を出されて、私は確信しました。
だから、姉の話は信用出来ないと。


2年前、ストロノーヴァ先生は母国に戻られました。
あの方は王族の血を引く高貴な御方。
もう簡単にはお会いすることもないでしょう。
今の、トルラキアへ来たら云々を、どうやって 真実なのか確認せよと言うのでしょうか。
レイノルド・マーシャル様への片想いを殿下に
協力して貰ってと、言われたら信じられたのに。


ですが、私は。
『わかりました』と、言いました。
これ以上、信じられない言い訳を聞いても無駄なのです。


 

その夜は美しい、見事な満月が夜空にかかっていました。
秋の初めの、名月なのでしょうか。
煌々と、私が今佇む私室のバルコニーの隅々まで。
月はその光で照らしていました。


私は手鏡を持ち、グラスに丸い月を映して、ゆらゆらと揺らしました。


『それは必ず満月の夜に、綺麗な硝子のグラスを使ってね』

真面目な顔をして、声を潜めて。
私に教えてくれたリーエの言葉を思い出しました。


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