この胸が痛むのは
あの頃のように怪我をした私の手に触れようとしてるのだと思いました。
それで私はそのまま姉のしたいようにさせて。
怪我をした私の右手は、姉の両手で優しく包まれました。
これで、あの頃に戻れると?
……昨日の言い訳を私が信じていると?

『私はあなただけを愛しています』

私がトルラキア語で、小さくそう呟くと。
咄嗟に手を引いた姉が怯えた目で私を見ました。


私は何度も温室の話をしたのに。 
どうして私が、殿下を温室に連れて行ったのか考えていらっしゃらなかったのかしら。
姉からは、少しもその話が出なくて。
今晩はちゃんと温室での事を聞かせて貰いますね、と暗に伝えたのです。


そして明日、殿下は私に何を語るのでしょうか。
私が登校したら、姉は殿下に早馬を出して、昨日のあれからの話を伝えるのでしょう。
どうせ今夜の話もあるのだから、二度手間になるのに。
明日の午前中に馬を走らせても、間に合うわ。

そして、ふたりは話を擦り合わせて。
夕食の席で父からまたは母から、私との婚約について話を振られたら、殿下はどうお答えになるのかしら。
ふたりの嘘や誤魔化しはどこまで?
いつまで続けるおつもりだったの?
……そうか、来月の婚約披露の夜会までか。
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