この胸が痛むのは
殿下とのダンスレッスンも、最近はターンをすると広がる裾の短めのドレスを用意してくださって、それを身に付けて、裾を捌く練習も始まっていて。
ドレスの裾が足に纏わりついても下を見ずに前を向いて歩けるように、エスコートされる練習も始めないとね、と囁いてくださったのに。

『君が完璧なデビュタントを迎えられるように』

そう言ってくださったのに、待ちくたびれてしまったのかな。
貴方が隣に居てくれるだけで、それだけで完璧だったのに。

空しくて、悲しいまま。
ドレスを丁寧に畳み箱に入れ、リボンを姉のやり方で結びました。
カードがもう入っていなかったのは、それだけは特別などこかに大切に仕舞ったのでしょう。
部屋を出て、その箱を姉のクローゼットへ戻そうと廊下へ出ると、階下で
『旦那様に早く! お知らせを!』と、いつも落ち着いている家令の慌てた大声も聞こえて。

誰かが階段を駆け上がってくる気配を感じたからです。
咄嗟にそのまま部屋に戻り、ドレスを自分のクローゼットに隠しました。

部屋の扉が狂ったように叩かれ、開けると。
初等部の私より遅れて下校した兄でした。

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