この胸が痛むのは
大丈夫と繰り返す兄は、自分に言い聞かせているようでした。
以前は冷たく、母の事を『母親』と言っていた兄も、去年母の献身的な看護を受けてからは、また『母上』と呼ぶようになって来ていました。

そんな兄の為にも、そしてまだ素直になれなかった私の為にも母にはご無事に戻っていただかないと。
それにもちろん姉にも。
姉の嘘も許すから、無事に。
どうか、ご無事に……


しばらくして、祖母が来られました。
まず、兄に謝り、そして私を抱き締めて。

祖母のせいでは決してないのに、自分の用事で呼びつけて、その復路で行方知れずになった事で、ご自分を責められていたようでした。
祖母はすっかり疲れて、やはり震えられていて。

兄が離れていくついでに、メイド長に何か申し付けていて。
私と祖母に温かい飲み物を用意してくれました。
兄はまだ高等部の夏服の制服のままで、捜索に出る為に着替えを隊長から勧められていたのです。

午後から降り続いていた雨もようやくやんだようで……
母と姉が、気温の下がった秋の夕方にまだ、外で居るのに。
せっかくの兄の心遣いでしたが、温かな飲み物を口にするのは、躊躇われて。
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