この胸が痛むのは
「身体が冷えているので、湯を用意させましょうか?」

「いや、いい」


湯で身体を暖めることも、着替えも要らない。
これから、一緒に侯爵家へ行くレイだって着替えてない。
侯爵家の誰もがそうだ。
そのなかで俺だけが、身体を暖め、服を替え、アグネスに会うのか?


目敏い奴に見つからないように、マーシャルの馬車で侯爵家に行った。
護衛を同行をさせない訳に行かず、騎馬ではなく同乗させる。


侯爵家に着くと、いつもの家令とプレストンが出迎えてくれた。
昨日、来た時とは邸内の空気が全然違っていて。
重くひんやりとしている。
家令も顔色が悪い。
王太子からの書状を手渡して、明日以降タイミングを見て侯爵に渡してくれと言付けた。


「ちゃんと休めたか? 」

俺の問いにプレストンは頷いた。


「父が出迎え出来なくて申し訳ありません。
 ……ついさっき、ふたりが帰ってこれました。
 祖母も妹も……意外でしたが、父も側を離れられなくて」

「明日からは弔問客の応対でお忙しくなる。
 今夜はずっと付いていたいのだろう。
 そっとしてあげてくれ」


俺がそう言うと、プレストンの表情が歪んで泣き笑いの顔になった。
君も無理をしなくていい、少なくとも今夜は。
 


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