この胸が痛むのは
「あれですよね、有名な」

「そう、初恋を貫く男。
 あの男の縁談相手、母親はアグネス・スローン嬢に申し込んだ」

「……年齢が離れ過ぎでは?」

「丁度1年後、13になったら辺境に引き取って、教育をして、18になったらあの男に宛がうつもりだった。
 余程、アグネス嬢がお気に召したのか、打診したのはわずか9歳の時だぞ。
 ……いかにアグネス嬢が将来有望な、バロウズ1の貴族令嬢か、という話だな?」

「バロウズ1?」

自分が一番高貴で、完璧な令嬢であると……そう自負しているバージニアは悔しそうだ。
『キリンの癖に……』小さく呟いたその声を、俺は聞き逃さないよ。

俺のイライラが少し収まって、これでお別れに集中出来る。
いや、集中しているように見せなければ。
犯人は、俺や侯爵家の皆の様子を探っているだろうから。


司教様の祈りが始まり、やがて遺族からひとりひとり、百合か薔薇を持ってふたりの棺に、捧げて祈った。
俺も百合を手にして。

侯爵夫人の顔の横には思い出の品がぐるりと取り囲むように置かれていて、凄く繊細な百合の刺繍の真新しいハンカチと、刺し目の所々飛んだ百合らしきものが刺繍されている明らかに年数のたったハンカチの2枚が丁寧に畳まれて置かれていた。
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