この胸が痛むのは
その通り、彼のせいではありません。
それは姉が頼んだから
それは母が忘れたから。
それは私が刺した……私が刺したハンカチのせい。

祖母が私を。
背中から抱き締めてくれました。
『ふたりとも、まるで眠ってるみたいね』って。

護衛の騎士が震える手で、私に忘れ物のハンカチを差し出しました。
昔、姉の隣で、真似をして。
『お母様は百合がお好きだから』
母にプレゼントしましょうね、そう姉から勧められて。
姉がハンカチに薄く百合の下絵を描いてくれました。
その線の通りに刺したはずなのに。
こんなに汚い刺繍のハンカチなんて、渡せない。


母は美しいと、評判の女性でした。
祖母に聞いた話では、多くの縁談が申し込まれるなか、父はまだ16の母の心を手に入れる為に、
1日1輪の白百合を持って、ダウンヴィルの邸に50日間、毎日通ったそうです。


そんな美しい母に。
こんな汚いハンカチは渡せない。
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