この胸が痛むのは
「私には協力が必要だったから話しただけで、
夫人にもプレストンにもアグネスにも知らせて
いません。
 知らせたら、自分の行方を追求されて苦しめてしまうから、と。
 それに駆け落ちでもありません。
 片想いの男性を追いかけたい、そう言っていました」


侯爵相手だと、自然と言葉が丁寧になってくる。
全て話すと決めたが、ストロノーヴァ先生の名前は出したくなかった。
先生の言葉だけで、この国を出ようとしたんじゃない。

先代からの圧力や、侯爵家や、幼い頃からの我慢や、妹だけを愛していると誤解していた母親や、そんなものから逃げたかったんだ。
だけど、それはあくまで推察で。
ここで話すことではない。


「片想いの男を追いかけて、家を出る?
 それ程に想うなら、どうして縁組を私に願わない?
 クラリスが望むなら、私は動いたのに?
 誰なのか、何処へ出奔するつもりだったのか、殿下はご存じか?」

「……トルラキアへ、と聞いていて、報酬は別名義の留学旅券を用意しました。
 クラリス嬢は2年の内には戻る予定でした」

「トルラキア……全く、誰も彼もがあの国へ行きたがる」

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