この胸が痛むのは
そう言えば、この前薔薇の香りがした。
その前は……幼くて、まだ何も香りは付けていなかったと思う。


「白薔薇の蕾のように美しくなられて……ノイエは目障りな虫でしょう?」

確かにオルツォは目障りだが、今日はその文句を言いにきたか、と思われている?


「でも、あれのお陰で、迂闊に他の虫は近寄れない。
 目障りでも、それなりに役立っていますよ」

「……本日はオルツォ殿の話ではなく、その……甘いものを勧めてくださったという事は、私が疲れているように見えましたか?」

「そうですね、失礼ながら。
 私がかつて知っていた殿下は迷いはありましたが、基本的に明るい印象の御方でした」


そうだ、俺はいつも迷って、間違って、迷ってを繰り返していた。
今もそれは変わらず、とうとう唯一の長所の明るさも失ってしまったか……

「あの頃の思い出話をなさりに来た訳でもないですね。
 どうぞ、私にお手伝い出来ることなら」


先生のくしゃくしゃだった髪は綺麗に撫で付けられて、前髪で隠れていた赤い瞳は真っ直ぐに、俺を見ている。
いつも僕、と言っていたのに、私、だって。
一応、大人として扱って下さっているが、先生の前では生徒に戻れる。


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