この胸が痛むのは
ヴィーゼル様のお話のなかの御方とは、きっと図書室のあの方だと思いました。
絶対に引き受けるつもりがないので、どんな演目のどんな役かは聞かないで、お断りさせていただこうと思いました。
私に演劇の経験などないし、特に興味もありません。

後3ヶ月しかない大きな舞台等、初心者の私にこなせるはずはないのです。
それにとにかく、あの方は駄目。
それは直感でした。 


「申し訳ございません、せっかくお声がけしてくださいましたが、こちらに来て日も浅いです。
 トルラキアの言葉も拙いですし、演技もした事はございません。
 台詞も覚えられない私が出れば、却って皆様の足を引っ張ることになりましょう。
 お誘いくださいまして、光栄でございました……」

「断るの?
 君が俺の相手役を受けるなら、ミハン叔父上に会わせてあげようと思ったのに」

私の頭の上から声がしました。
驚きました。
いつの間にか、私の後ろにあの方が立っていたからです。
皆様で、そういう流れになっていたのでしょう。
私とイルナ様以外は、急に現れたのに驚かれていないのですから。


「先生、会いたかった、って言ってたよね?
 あれは叔父上の事でしょう?
 バロウズでの生徒だったの?
 俺は甥だから、直ぐに会わせてあげられるけど?」


似ているようで全然違う赤い瞳が、からかうように私を見下ろしていました。
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