この胸が痛むのは
私はわざと『婚約者でもない』と殿下に言ったのに。
それを聞いて殿下は柔らかな微笑みを浮かべていらっしゃったのに。
その言葉は殿下の中から抜けてはいなかった。


こうして聞くと、なんと不遜な物言いをしたのかと気持ちが沈みました。
今まで私はいっぱい泣いたけれども、わざと殿下は私を傷付けようとされたのではない。
それがわかっているのに……

胸の中に苦い後悔が沸き上がってきて、俯いて
自分の足元を見ていたら、周囲のざわめきが聞こえ、目の前に誰かが立った気配が致しました。


「俯いてどうしたの?
 今夜は君より美しいご令嬢は居ないよ……
 胸を張って?
 エスコートをさせてくれないかな?」


頭を上げると、何故か殿下が立っていらっしゃいました。
私の順番が来るまで、他の方からのご挨拶を受けられている筈なのに、どうしてここにおられるのでしょうか?

見上げた私の腕を取り、兄からの新年の挨拶をにこやかに受けられています。


「後で、帝国の話を教えて欲しい」

< 504 / 722 >

この作品をシェア

pagetop