この胸が痛むのは
俺がアグネスを追ってトルラキアに向かった夏休み、教会の前で頭から水を掛けられた話をしたら、やっと侯爵が少し笑った。

王子の俺が水を掛けられた事か、
アグネスが悪魔払いをした事か、
プレストンが調理場の水を聖水だと渡した事か。
どれかに笑ったのか、全部に笑ったのか。
それも教えてくれないが、確かに笑ったのだ。
侯爵が俺に向けて笑顔を見せたのは初めてだった。

その後、侯爵から聞いたのは幼いプレストンが
高熱続きなのに、家族は誰も彼の部屋には入れて貰えなかった話だった。


 ◇◇◇


翌週、リヨンから早馬が来たと国王陛下から呼び出される。
俺は翌年夏からの帝国へ赴く話を詰めているところだったが、その場はレイに任せて、陛下の元へ急いだ。

早馬はリヨンのシモーヌ公爵家に婿入りした元近衛騎士のクリスチャン・ライナスからだった。
フォンティーヌ女王陛下の王配クライン殿下が俺に会いたいと、ライナスに泣きついて来るそうだ。
適当に流していたが、最近は王宮への出仕時に
通路等行く先々で待ち伏せされて、このままではその奇行が人々の口に上るのは必至だと綴られていた。


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