この胸が痛むのは
「私はこのまま帰っていいよな?」

「女王陛下からは、王配殿下のお気が済むのなら、是非お会いしていただきたい、と……」

どうしてだ、微かな希望は打ち砕かれる。
王宮のクライン殿下の私室で、泣き言を聞くのを見て見ぬ振りをしてやると、いうのだ。


何より腹が立つのは、これが入国前なら、という事だ。
だったら、アシュフォードとして入国したのに。
髪を染めて眼鏡をかけて、偽名で入国した。
もうこの旅券、この身分は2度と使えなくなった。

これからはブライズ商会の出入国には、リヨンから必要以上に厳しい目が付く。
国王陛下と商会会頭の怒り狂った顔が目に浮かぶ。
ふたりが影を送ってクライン殿下に何かしても、仕方がないくらいだ。


俺だって甘ちゃんだが、王配殿下はそれよりもっと酷くて、巻き込まれた自分を呪いたくなる。
バロウズでオーガスタと会う算段をしろ、それが成功したら、次はふたりの愛の巣を用意しろ、か?
クライン殿下の『友情』を振りかざした要求は、エスカレートするのが目に見えた。

王配の分際で、他国にそれを要求出来ると思ったか。
それとも、俺を本当に友人だと思って個人的に
力を貸してくれると?

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