この胸が痛むのは
それは俺が伝えることではないので黙っている。
黙って、殿下の肩を抱いて、ラニャンの言葉で慰める。
頭の中は、バロウズまで帰る道程が天候に恵まれて支障なければいいのにと、それだけだった。


「オーガスタは本当に素晴らしい女性なんだ。
 早くアシュにも会わせたいよ」

「私も楽しみにしています」
 


カイン・ブライズとして出国をした。
手続きは滞りなく行われた。
さようなら、カイン。
もうこの人物になる事はない。


アグネスにクライン殿下を紹介しなくて良かった。
リヨン王家は一度は見逃すと決めたが、次はない。
彼が居なくなれば、アグネスが悲しむ。


ラニャンは次の王配候補を考えているかも知れない。
俺には関係ない。
……そう思うことにする。


 ◇◇◇


馬を飛ばしてガーランド、コーカス、と駆け抜ける。
走らせながら、リヨン出国前夜を思い出す。


「王弟殿下のお陰で、クライン殿下もしばらくは目標が出来て、落ち着いて公務に励んでくれると思いますわ」

そう言って女王陛下は笑っていらした。


王配殿下の私室を辞した後、俺に声をかけたのは。
フォンティーヌ女王陛下の専用侍女だった。
彼女に案内されて、陛下の私的謁見室に初めて
入った。
帰国の途に付く前に、公的な謁見室にご挨拶に伺ったのは秋になる前だった。
それなのに、年末にはこんな形で拝謁する事になろうとは。


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