この胸が痛むのは
向こうからレイが歩いてくる。


「アグネスは?」

「プレストンに預けたから心配はいらない。
 アシュ、顔色悪いぞ、大丈夫なのか?」


昼から何も食べていないが、胃がムカムカして
いる。
リヨンからこっち、ずっとこんな感じだ。


「一度、ゆっくり休め。
 カランにも言っておくから」

レイが廊下に置かれた長椅子に俺を誘導する。
今夜はこれからアグネスのデビュタントだ。
明日は侯爵家。
大丈夫、俺は元気になる。
 

 ◇◇◇


デビュタントのダンス披露が無事に終わると、
アグネスが人酔いをしたと言い出した。
だんだん笑顔を見せなくなったのには気付いて
いた。
余計な言葉を君も聞いたのか。
『似ている』だの、『代わり』だの……。

人は愛したものと似ているものに無条件で惹かれると、思う奴は多いんだ。
顔だったり……瞳の色だったり。 
俺も君を失えば、その面影を誰かに探してしまうのだろうか。


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