この胸が痛むのは
姉を追い出されて、アグネスが不安になっていた。
あの母親と姉の事は後からどうするか考えるが、俺は侯爵家や君や君の兄をどうこうするつもりはない。
第一、今日の食事会は妹という名前の暴君に秘密裏に行っているのだから、大事にはしない。

そう伝えた方がいいか、迷い。
笑顔の無くなっていくアグネスにどうしてあげたらいいのか、わからない。

母親から取り上げられた贈り物のペンに喜びを表しても。
カランの顔が若干引きつっているのを横目に、手作りのクッキーは毒味なしに頬張る。
俺には甘過ぎるが、そんなことは言わない。
アールを連れてこさせて、抱き締めても。
場持ちの上手なレイを呼んでも。
アグネスの笑顔は戻らない。


大事な家族に対して、俺の対応は冷た過ぎたか?
優しい王子様の化けの皮が剥がれたか?

まだ早いのに、帰宅を願い出られる。
俺のつまらない冗談は彼女には響かない。
何を言っても届かない。

少しでも、アグネスの笑顔が見たくて。
母親と姉の無礼は不問にする、と伝える。

むなしい食事会は終わった。
アグネスを乗せた馬車を見送ると、脱力した俺にレイが言う。


「アシュの王子様モードには笑えたな。
 だけどあんな子供に、何で必死になって機嫌
取ってる?」


アグネスをメスガキなどと言えば、全力で口を捻りあげてやろうと思っていたが。
あんな子供と言われたので、向こうずねを蹴飛ばす位で勘弁してやった。

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