この胸が痛むのは
かつて母と姉が居た頃は、父の生活は仕事を中心に回っていて、親子でそれ程深い話をした記憶はありませんでした。
決して冷たく扱われる事などありませんでしたが何か頼み事があったり、報告があれば、夕食の席や執務室に訪ねてそれを伝える、そんな感じでした。

私と父とは主に母を通しての関係、とも言えたのです。
ところが、最近は私と交流を持とうとされるようになって、父の方から会話をする機会が増えていました。


「大切なものにもっと早くに気付けていたら、
私の人生は遥かに豊かになっていたと、思う」

「……」

「過去の話しか出来なかったが、これからは先の、将来の話もしてみたいと思えるようになったのだ」


一体、どなたと過去の話をなさったのでしょうか……
一時は仕事も何もかも手放したいと、思い詰められているご様子だった父が、少しずつでも前向きになられていたので、私は安心致しました。

殿下から逃げるように、この家を出た私が言える立場ではありませんが、兄も帝国へ留学して。
このスローンの邸は本当に寂しくなっていて……

1年以内に皆が、父を置いて家から居なくなったのです。
ひとり残された父の孤独は、如何ばかりだったでしょう。

そんな父に私の行動が知られたら。
理由を尋ねられたら、私は打ち明けるしかありません。

< 551 / 722 >

この作品をシェア

pagetop