この胸が痛むのは
温室か……正直、あそこには辛い思い出しかなくて行きたくない。

慌ててドレスとカードの回収に来て、クラリスに誘われて初めて足を踏み入れた。
誰かに聞かれても大丈夫だと、トルラキア語で 会話した。

アグネスが聞いている事に気付かず……
カードの回収の為なら、それでクラリスに勇気が持てるならと、定型通りの愛の言葉を口にした。 



今でも思い出すと、自分の愚かさに吐き気がした。
眠る前、ベッドの中で不意に思い出したりすると、しばらく眠れなくなる。

やらかした俺がこうなのだから、聞いていた
アグネスもきっと同様に、思い出すと胸の傷が
傷んで眠れなくなっているだろうと……


後ろに控えていた護衛に手を上げて、ひとりで
温室へ行く事を伝えた。


温室に入り、アグネスを探す。
温室の中の花と低木の葉の香り、差し込む光、
少しだけ汗ばむような気温と湿度。
一気にあの日の記憶がなだれ込むように甦る。

それで改めて思い知る。
あの日のここを思い出して、胸が千切れるように痛むのはクラリスとの思い出ではなかった。

あの後、アグネスに連れてこられて、組み紐を
贈られて、彼女に抱き締められて許されたから、だ。


あの日のアグネスを、俺を、思い出して……
この胸が痛むんだ。
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