この胸が痛むのは
本当にもう勘弁してくれ。
唇を強く噛んだ俺の表情を見て、愛しいひとの顔をした、見知らぬ女が満足そうに微笑んだ。


 ◇◇◇


「実は今日はプロポーズをしたいと思って……
 来たんだ」

この状態のアグネスには言わない方がいいかと
思ったが、この言葉が彼女の身体のどこかで
眠っている本当のアグネス・スローンに届くように祈りながら話す。


「プロポーズしてくださるの?」 

「何度もお願いしていただろう?
 俺が、アシュフォード・ロイド・バロウズが、結婚したいのは、アグネス・スローン、君だけだ、って」

ゆっくりと区切るように話す。
聞こえる?
アグネスだけだと誓う俺の声が。
この声が聞こえるか。


「先に婚約を整えてからだけど」

「……」

「君との婚約が正式に整えば、もうクラリスの事は忘れると。
 ……もう前を向いて、俺との事を具体的に考えてくれないかな」 

「クラリスの事を忘れる?」 

呆然としたようにアグネスは呟いた。
機嫌が良かった筈なのに、急に感情が抜け落ちたかの様に無表情になる。

急ぎすぎたか、姉を忘れろなんて言うべきじゃなかった。
アグネスは眉を寄せて瞼を閉じた。
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