この胸が痛むのは
この時点で既に気付いていました。
クラブでイロナ部長から教えていただいた
死人還りのやり方が中途半端だった事にです。

死人を召還する言葉も、帰って貰う言葉も。
何も知らない。
知っていたのは必要な物とおおよその手順だけ。

不安な心持ちのまま、頭を下げて。
姉の事だけを思おうとしました。
既に回り終わったロレッタはこの部屋から慌てて逃げていました。
私の側に置かれた燭台とセージを乗せたトレイ。
そして、部屋にたなびく煙とひとりきりの私。


扉をノックする音が聞こえた気がしたのは、それからどのくらい経ってからでしょうか。
私は私のままでした。
それなりに用意して待っていたのに、クラリスは還ってきてくれなかった。

さっきより強く扉が叩かれました。
ロレッタが、戻ってきたのでしょうか。
1時間後には戻ってきてと、頼んでいました。
もう1時間経ったのでしょうか。

鍵が差し込まれて、回る音がしました。
入ってきたのは、帰られた筈のアシュフォード
殿下でした。

< 630 / 722 >

この作品をシェア

pagetop