この胸が痛むのは
ノイエ様はこのトルラキアの勇猛公の家門
ストロノーヴァ公爵閣下の後継でいらっしゃるのに、現在は何故かリヨン王国で舞台俳優をされている。
主演の舞台のチケットは入手困難で有名なのに、お父様とお母様には、毎回ご本人が手渡しにいらっしゃるのだ。


『いつかルルが大きくなったら、僕が引退する前に絶対に観に来てね』と、素晴らしいお声で、
幼い乙女心を惑わす29歳のノイエ様。

ルルはリヨン語で小さい女の子を表す言葉なので私が舞台を観に行ける年齢になったら、もうルルとは呼んでくれなくなって、こんな風に親しく
接してくれないんだろうなとわかっているから、この頭を撫でてくれる優しい手が無くなる事は
少し寂しい。


私がそう言うと、お父様が難しい顔をして
『あいつを出入り禁止にしようかな』と、仰るので慌ててしまった。
お母様が困った顔をして、お父様を見つめている。


「年上の男性しか愛せないのは、血筋なの」 

「ロニィの22歳上だよ、年上過ぎる!」


お母様がそう憤慨するお父様の左手首を優しく
撫でると、お父様はおとなしくなる。
そこにはお母様とお揃いの、色違いの組み紐が
巻かれている。

もう何代目になるのかな、古くなるとお父様と
お母様はおふたりで、隣街の出会い市へお出掛けになる。




「お茶を入れましょう」

お母様がそう仰って、手ずから私達に入れてくださる。
トルラキアに来るとお父様と私は、お茶に薔薇のジャムを入れる。
この国だけのお楽しみなのに、お母様は絶対に
入れない。
何故かな、美味しいのに、お試しもしない。

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