この胸が痛むのは
ところが。
行くと先触れを出していたのに、アグネスは留守だった。

俺を迎え入れた侯爵とクラリスから、アグネスと侯爵夫人が夫人の実家へ行ったのだと聞かされた。
祖母が足を挫いてしまったので、今日は泊まりで行ったらしい。
がっかりしながら、3人で応接室に移動する。


「母上とは話をしない、と聞いていたけれど。
よかった、仲直りしたんだね」

「……いいえ、相変わらず、だんまりで。
 馬車に向かい合って座っても、お互い目も合わせず。
 それはアグネスに、ですわね?」


応接室に案内されている途中、立ち止まって
クラリスが俺に尋ねた。 
侯爵も俺が手にしているマシュマロの箱を見ていた。


「それはどうも、お心遣い痛み入ります」

「誰か、こちらをアグネスの部屋に置いてきて」

先立って、応接室の扉を押さえていた家令が、控えていた侍女に目で合図し、俺から箱を受け取らせた。

俺からアグネスに手渡したかったのに、いないのだから仕方ない。
< 64 / 722 >

この作品をシェア

pagetop