この胸が痛むのは
「一つ一つにちゃんと理由があったんだ、
良かったね。
 もうこれで、何の心配もなく婚約だね?」

「まだ婚約な……」

アグネスが急に左目を押さえた。


「どうしたの? 目をどうにかしたの?」 

「……わ、わかりません……痛くて……睫毛だと」

抜けた睫毛が目に入ったか。
顔を覗き込めないから、鏡を貸してと言うと。
アグネスは持っていないと言う。

あまり女性の習性はわかっていないが、演劇部の女子は皆が制服のポケットに手鏡を入れていて、少し休憩があると鏡を覗いて、こまめに前髪や顔をチェックしていた。
その姿に慣れたから、それが普通だと思っていたのだ。


仕方なく彼女の腕を取り、保健室に行こうとした。
エスコートではなく、連行すると言う言葉が頭に浮かんで笑ってしまった。

鏡を見るのは好きじゃないから、と言われて。
そんな女子もいるんだと、深く考えずに笑った
ままでノイエは軽口を叩いた。

< 664 / 722 >

この作品をシェア

pagetop