この胸が痛むのは
舞台に出たいと、殿下には話した。
すると、後日バロウズからノイエ宛に封書が届いた。

差出人はカラン・ワグナーと書かれていた。
記憶にない名前で不審に思ったが、中には殿下からの手紙とバロウズ発行の偽名の旅券と紹介状が入っていた。

手紙には簡単に、リヨン王国に住むこの人物の所へ一番最初に会いに行けと、名前と住所が記されていた。
その名は『クリスチャン・シモーヌ』、リヨンのシモーヌ公爵の娘婿だそうだ。
この人物に旅券の名義人『ノイエ・オルティエ』として会いに行けと。

その他に、リヨンに入国したらトルラキアの言語の使用は見合せる事、
落ち着いたら居所を必ずカラン・ワグナー宛に
連絡する事、
何かややこしい事態が起きればバロウズ大使館に逃げ込む事、
この手紙を読んだ後は焼却する事、等が綴られていた。


どうしてアシュフォード殿下がここまでしてくださるのか、理由が思い付かなかった。
しかし、この助けを拒否しようとも思わなかった。


いつか必ず、このご恩はお返し致しますと決めた。
王弟殿下には直接返せなくても、その御子様に、またその御子様に。
……ノイエの命がある限り。


そして、彼は。
『マルーク』と『イシュトヴァーン』の、ふたつの名前を捨てた。


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