この胸が痛むのは
「居る、って? 誰?」

友人が楽しそうにミハンの背後に目をやりながらあのオペラの演目を口にした。
ミハンにはそれを聞いてもぴんと来なかった。
それ程、彼にとっては、その女性は忘れられた
存在だった。
彼女が今この場で目の前に来て、自己紹介をしても、思い出せなかっただろう。
それくらいの存在だった。


「俺も気付いたのはこの前だけど。
 あの夜から君の後を付けているのかも、しれないね」


ただそこに居るだけならば、何も言えないだろとミハンは溜め息を付いた。
声をかけてきたら、何なりと対処は出来るが、
ただそこに居て、自分を見つめて居るだけならば、放っておくしかない。


「一度、血を吸ってやれ、
 そしたら、満足するんじゃないか」

ミハンにヴァンパイア王の血が僅かに流れていることを知ってから、友人はこのネタでからかってくる。


「ヴァンパイアに一度吸われたら、催淫成分を
送り込まれて、何度もそれを欲しがる様になる
んだ」


『何度も欲しがる』と、その言葉を聞いて。
友人が爆笑したので、カフェの客達がこちらを
見ていた。

< 705 / 722 >

この作品をシェア

pagetop