この胸が痛むのは
それでも、以前の姿を知っている者からは
『髪を切られたらいいのに』と、余計な一言と
共に口説かれるので、次は服装を変え、姿勢も
少し猫背にしてみた。
すると徐々に周囲から女性達は居なくなり、
ミハンは楽に呼吸出来るようになった。


可能な限り、周囲に溶け込み、決して目立つ事なく……
そうして、契約が完了するまでこの国で生きていよう。

人に聞かれると、資金を貯めて研究を続けたいのだと答えた。
確かにそれも理由のひとつ。
先祖から譲られた後継者の個人資産を、訳のわからない伝承何とかには使うのを許さないと、当代の祖父からは言われていたからだ。

だが、大きな理由は。
あの国から逃げ出したかった。
だから、幼馴染みで親友のイェニィ・ルカスと、学院の頃からの親友のフォルトヴィク・アーグネシュの結婚式を見届けてから出国した。



ルカスとアーグネシュには、見られていて、聞かれていた。

初めて勇気を出して、ミハンの前に現れたアドリアナに、ミハンが何と言ったのか。
震えるアドリアナにどんな態度を、どんな扱いをしたのかを。
ふたりには知られていた。


大学を卒業して、帰国したミハンに会いたくて会いたくて。
シュルトザルツから、ひとり会いに来たアドリアナ。

ミハンが彼女を絶望に突き落としたその場に、ふたりは立ち会っていたのだ。

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