この胸が痛むのは
「何か誤解をされていらっしゃるようですから、お話し合いをなさったら……」

何となく事情を察したらしいアーグネシュが席を立ち、離れようとするのをミハンは捕まえた。


「座っていて、愛しいひと。
 それで、貴女は誰ですか?」


アーグネシュに愛しいひと、など呼び掛けた事は一度もなかった。
どさくさに紛れて、というやつだった。

アーグネシュの手を抑えたままで、顔をアドリアナの方へ向けて、彼は嗤ってみせた。
この点だけはアドリアナに感謝しよう、暗い悦びがミハンの口元に浮かんだ。


いつも背後から見ていたミハンの赤い瞳に真正面から射貫かれ、歪んだ嘲笑を見せられて。
返事を返せなかったアドリアナは名乗る事も出来ずに、よろよろと向こうへ行った。


「待って、待ってください」

焦ったアーグネシュがその後ろ姿に、声をかけたが。
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