この胸が痛むのは
ミハンは動かなかった。
こんな事で追い払えたのなら、もっと早くにこうしていたら。
アドリアナだって、この国まで追いかけて来る事もなかったのに。


だから、アドリアナを追おうと立ち上がった
アーグネシュの腕を握り締めていた彼の手を
誰かが外すまで。
テーブルに近づいてきたのに気付かなかった。
遅れてきたルカスだった。

ミハンは入口に背をむけて、アドリアナに集中していたので、ルカスが入ってきていたのに気付かなかった。
もしかして、アーグネシュが席をアドリアナに
譲ろうとしたのはルカスがやって来ていたから
なのか?


「愛しいひと、は聞かなかったことにしよう」

立ったままのアーグネシュを席に座らせながら、冗談めかしてルカスが言ってくれたので、ミハンも笑った。
ルカスはミハンから奪い返した婚約者の手の甲に口付けを落とした。


「こっちが本物だよ、愛しいひと」

それを聞いてアーグネシュがようやく微笑んだ。
幸せなふたり。

テーブルに着いているのは、幸せなふたりに、
ふたりの親友がひとり……


「ルカ、その言葉は効果てきめんで、助かったよ」

「今の女性は知り合いじゃないのか?」
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