愛と呼べない夜を越えたい

愛と呼べない夜を越えたい

 

 それは、軽い気持ちから始まった。半年ほど付き合った彼氏と別れたばかりで、寂しさもあったに違いない。

「ね、ね、結花(ゆか)。今度うちでパーティーしない?」

 会社の同僚で友人でもある美咲(みさき)からの誘いだった。

「パーティーって?」

 レストルームで化粧を直しながら鏡越しに見た。

「彼が友達を連れてくるから、お前も友達連れてこいって。ね、いいでしょ? 素敵な人かもしれないよ」

 彼氏と別れたことを美咲には打ち明けていた。

「終わった恋は忘れて、新しい恋をしなきゃ。結花かわいいんだから、素敵な人をすぐゲットできるわよ。ね」

「……うん、分かった。いつ?」



 休日。膝丈の白いワンピースを選ぶと、淡いピンクのバレッタを付けた。――約束の時間に美咲のマンションのブザーを押すと、出迎えた美咲に途中で買ったケーキを手渡した。

「いらっしゃい。あら、ありがとう。さあさあ入って。彼の友達来てるわよ」

 足元を見ると、黒い革靴が揃えられていた。

 冷房が効いたリビングに案内されると、二人の男が腰を上げて迎えた。左のほうは大人しそうな印象で、右のほうはアクティブな印象だった。

 ……どっちが美咲の彼氏?

 そんなことを思っていると、

「たくやさんの横に座って」

 と、美咲が左のほうの男を見た。

 ……こっちが彼の友人か。

「紹介するわ。大野琢也(おおのたくや)さん」

「大野です。初めまして」

田中結花(たなかゆか)です。初めまして」

「で、こっちが、槙原寛人(まきはらひろと)さん」

 美咲が彼氏を紹介した。

「初めまして、槙原です。よろしく」

「田中結花です。初めまして」

「まず、ビールにするね。結花もビールでいい?」

 開けた冷蔵庫にケーキを入れると、美咲が振り向いた。

「ええ、いいわ」

 テーブルにはチーズや枝豆があった。

「白いワンピースが似合ってますね」

 琢也が褒めた。

「ありがとうございます。夏は白が着たくて」

「清潔感があって素敵です」

「ありがとうございます」

 美咲を見ると、缶ビールやグラスをトレイに載せていた。寛人を見ると、冷蔵庫からラップを被せた皿を取り出していた。何やら楽しげに喋りながら手を動かしている二人は、まるで新婚夫婦のようだった。

 美咲は美人と言うより可愛いタイプだ。我が儘(わがまま)な一面もあるが、しっかり者で甘えん坊だ。男性から見たら魅力的なのかもしれない。

 結花はそんなことを思いながら二人を見ていた。



「乾杯!」

 皆がグラスを持つと、寛人が音頭を取った。

「結花、彼が作ったの。食べてみて」

 美咲がテーブルの皿に目をやった。

「わあ、おいしそう」

「こっちがひき肉とキャベツの卵炒めで、こっちが鶏肉となすの甘酢和えです」

 寛人が説明した。

「彼、料理が得意なの」

 美咲が自慢げに言った。

「いただきます。……うん、おいしい」

「料理が得意とは知らなかった」

 箸を持った琢也が感心した。

「お前だって、絵が得意じゃないか」

「えっ? 絵を描かれるんですか?」

 結花が驚いた顔を向けた。

「ええ。休みは一日中絵を描いてます」

「どんな絵を描くんですか?」

「静物画が多いですかね。果物とか花とか。あ、見ます?」

 箸を置くと、ズボンのポケットからスマートフォンを出した。その絵は、ルノワールの描く花に似ていた。

「わあー、きれい」

「上手でしょう?」

 寛人が訊いた。

「ええ、とっても」

「ゆかさんの趣味は?」

 琢也が訊いた。

「うむ……、これと言って。()いて言うなら、読書かしら」

「結花は文学少女だもんね。24歳の少女。ふふふ」

 美咲がふざけた。

「もう、意地悪。美咲だって同じ(とし)じゃない」

「あ、そうだ。忘れてた。ふふふ」

 美咲が笑うと、皆も笑った。



 楽しい時間だった。――帰り際、笑顔で見送る美咲と寛人の視線を意識した。送ると言う琢也と一緒に、美咲の部屋を出た。駅までの道すがら、琢也は付き合いたいと言ってきた。だが、結花は、「……少し考えさせて」と返事をした。





 結花は今、美咲に対する罪悪感に(さいな)まれていた。なぜなら、好きになったのは寛人だったからだ。美咲を裏切ったような思いで、結花は眠れない夜を過ごした。――





 完
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