研がれる私/長編エロティックミステリー
残った男②



その映像は鮮明過ぎて正視するのがつらかった

この私が…

なんてザマなの…

プーさんの提言通りだったじゃない!

クソッ!


***


「…いかかですか?目的のシーンってことでよろしいんでしょうか?」

「はい…」

そのシーンとやらは、ある意味、”完璧”過ぎてめまいものだった

犯行…、いや”実行”時刻は午前2時55分…

確かに”その男”は603号室…、つまり私の部屋のエントランスポストにソレを入れていた


***


「…宮本さん、この時間帯にマンションの共有スペースに入り込んで特定のポスト受けに投函したことは、当事者の申し出があれば、ストーカー防止法、若しくはその関連諸条例に則して、告発できる余地があります。…無論、居住者たるお客様に私共があれこれ指示できる立場ではないので、あくまでも助言の域として留めおき願いたのですが…」

「わかりました。ご親切にどうも。…でも、本件は当事者間の解決で臨みますので、御社におかれましては何分、この映像に他意無きように…」

「かしこまりました。業務上の守秘義務は順守しておりますので、ご安心ください。…では、閲覧目的を達せられた旨の同意署名をお願いできますでしょうか」

担当者はあくまで事務的だった

まあ、今の私の立場では有難い…

その一言に尽きる


***

それにしても…

彼の口から出た目的達成という言葉…

なんとむなしい響きなのだろう…


***


数十分前にこの眼に刻んだあの光景…

私…、自分自身を失った感覚に襲われたと言っても大袈裟ではなかったわ

その夜と言うか深夜の3時5分前…

私の住むマンションのエントランスに現れた”犯人”は、ガタイのしっかりした、全身アーミールックで身を包んだ男だった

男はゆっくりとポスト前に進むと、明らかに目的の部屋番号を目で追っていた

数十秒して、その目線は私の603号室に落ち着いた

男は内ポケットから持参した定型サイズと思われる封筒を取り出し、当該ポストに差し込んだ

およそ封筒三分の一をポストからはみ出させて…


***


そして用を達したはずのアーミー男は、エントランス上方にゆっくりと、目線を一巡りさせていた

”それ”は…、エレベーター脇の監視カメラレンズ前方で止まった

当該カメラは、”その後の一部始終”を誠実に写し切った

なんとその男は、カメラに向かって親指を突き出し、何かを呟いていたわ


***


「宮本さん、スロー再生で彼の口の開きを読みますね。ええと…、る…・い…くーと・ない…・と。こんな感じですかね」

管理会社の担当者の口読はほぼ正確だったと思う

大胆極まる深夜の訪問者、石神康友は、監視カメラに向かってこうつぶやいた

”ルイ…、グッドナイト…”、と…

おそらく、カメラのレンズの”向こう側”には私がいることを想定して…





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