セメントの海を渡る女

第3章/邂逅の時

その1
剣崎



「…剣崎さん、倉橋君から借り受けたあの女スナイパーはいい手腕だった。銃裁きは言うまでもないが、あの見事な”潜りこみ”はシャッポを脱いだよ。何という役者なんだ、あの娘は…」

相和会を本拠として、ほぼ無償で仕事をこなしていたミカの評判は、半年ほどすると口コミで”業界”に浸透していったよ

その頃になると、こちらと利害関係が生じない無難なルートにはミカを貸し出すこともよくあった

それによって、彼女が固辞している相和会からの報酬外の、”身入れ”を念頭に入れてたってこともある

そしてミッションを終えた後、ミカの”返却時”には、前述した称賛の弁を頂戴するのが常だったわ

...


確かにそう言う口上をいただくのは嬉しい

だが…、銃やナイフ裁きはともかく、ミカの持つもう一つの”武器”に及ぶと、正直、俺は複雑な気持ちに陥った

ミカはアジア、中東諸国で雇われた仕事に於いて、多くは敵陣への潜入が前提になっていた

つまり、味方を装ったり、ターゲットの周辺を欺いて身辺に入り込む術が必須だった訳だ

ミカはアメリカ人妻として、夫を欺き続ける日々を重ねてきた結果、卓越した演技力を習得した

それを、かの地ではストレートに活かせたんだ

ミカの持ち得た第3の強力な”武器”…

それは敵に取り入り、欺く高等術…

あらゆる人物でも演じ切れる能力だったわけだよ

...


「…俺もよう、胸の内は剣崎と同じだぜ。筆舌に尽くしがたい苦難の年月をだ、偽りの自分で生きて抜いてきたんだ。偽りの笑顔、偽りの愛情…、そんなもんを日常としなけりゃならなかった。それを積み重ねてきた結果の演技力だろうが。…それを、今のミカはマトを仕留めるための手段で活かしる。そんなもんを褒められるアイツの心を察するとな…」

「会長…!」

「なあ剣崎、あと半年…、そんなもんで何とかしてやりてーよ。どうだ、ミカの”荷物”を降ろさせられねーか、なあ…」

「いえ、そうさせます!半年で…。夢を追い希望を抱く、そんな生き生きした表情ができるミカに変えてみせます」

「ああ、頼む。あの不幸な歳月で培われた産物である演技力をよう、本物の役者になるために使えるよう、ミカの気持ちをお前が導いてやってくれよ。なあ…。そんでよう、相和会を離れる時は、その夢に向かう明るい表情にさせてくれ。そいつを見るのが今の俺にとっちゃあ、一番の楽しみなんだ」

「わかりました。必ず…」

そして半年後、確かにミカは相和会への義務を果たし得たという、自身への納得を得て、ココを巣立つことになるのだが…

結果的に、俺は会長との約束を守れなかったよ

それは完璧に…





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