逆転結婚~目が覚めたら彼女になっていました~
「朝丘さん、もう外回りの時間だから。早く行って下さい」
ちょっと厳しい目を文彦に向けた鷹人。
「あ…はい…」
返事をするものの、泣いている麗人が気になって迷っている文彦がいた。
「伊集院さん、もしかして書類を届けてくれるところだったのかい? 一緒に行こうか」
そっと肩に手を添えて、鷹人と麗人は社長室へ歩き出した。
「なんだ? あいつ。今まで泣いた事なんて、一度もなかったくせに。よりによって、なんで社長が現れるんだよ」
チッと、悔しそうな顔をして文彦はその場を去って行った。
社長室に連れて来られた麗人は、とりあえず書類を鷹人に渡した。
「まぁ、伊集院さん。頬が腫れているわ、大丈夫? 」
心配した麗香が声をかけて来た。
「ご心配おかけして、申し訳ございません。…ちょっと、朝丘さんに婚約をお断りしたので…怒られてしまって…」
「え? 婚約を断って、それで叩いて来たの? なんて乱暴な事をするの? 朝丘さんって」
「いえ、悪いのは私だと思います。…婚約を断ったのは、私の方からなので」
麗香はそっと、麗人を抱きしめて来た。
わぁ…ちょっと、久しぶりなんだけど母さんに抱きしめてもらうなんて。
すごくあったかい…。
そう言えば、妹の麗美(れみ)が産まれてからはこうやって抱きしめてもらう事ってなかった気がする。
「伊集院さん、断って正解だと思う。朝丘さんは、よくない噂ばかりだから。それに、女性に対して手をあげるなんて最低だわ」
「…あの…。私が、婚約を断ったのは。朝丘さんの本心を知ったからなのですが。それと同時に、他に好きな人がいると分かったからなのです」
抱きしめながら、麗香はそっと鷹人と目と目を合わせた。
鷹人は強く頷いた。
どうやら何か、気づいているような感じがする…。
「悪いのは私ですから…」
「そんな事はないわ。ねぇ、もしかして初めから好きじゃなかったんじゃないの? 」
「え? 」
「なんだか、朝丘さんと付き合ているって聞いて。時々様子を見ていたけど、幸せそうな目をしていなかったから」
「…そうなのかもしれません。…彼に触れられても、全く嬉しくありませんでしたから」
「そう…」
ヨシヨシと麗人の頭を撫でた麗香は、優しい母親の目をしていた。
小さい頃はよく、こうやって慰めてもらったなぁ。
僕は泣き虫だったから、ちょっとしたことですぐ泣いていたし…。
麗美が産まれてからは、お兄ちゃんだから泣いちゃいけないって思っていたけど。
たまにはいいのかな、泣く事も。