さよならしたはずが、極上御曹司はウブな幼馴染を赤ちゃんごと切愛で満たす

 カーテンの隙間から入り込む陽光を瞼に感じる暇もなく、賑やかな朝がはじまっていく。
 洗濯機を回してすぐ、眠たい瞼をこすりながらのっそりと起きてきた我が子の着替えをし、一緒に顔や手を洗う。
 すっかり眠気から覚めた幼児の動きはさながらモンスターだ。あちこち触りながら飛び跳ねたりごろごろ転がったり。テレビを点けると、教育番組の映像につられダンスをしはじめた。その愛らしい姿を眺めながら、朝食の準備をする。
「ごきげんだね、あーくん」
「きゃあ、あー!」
 我が子の可愛らしい声に微笑み、それから一緒になって鼻うたをうたう。
 適当にカットしたブロッコリーを鍋に入れ、にんじんやじゃがいもを賽の目切りにする。耐熱ボウルに入れたあとは電子レンジにお任せコース。下ごしらえが済んだら、溶いておいた卵を熱くなったフライパンに流し込み、オムレツを作りはじめる。
 そのとき、テーブルに置いてあったスマホが鳴った。仕事の予定変更の連絡メッセージだった。
 文面に気をとられていると、ブロッコリーを茹でていた鍋がぐらぐらしはじめ、フライパンに乗せていたプレーンオムレツが焦げそうになり、慌てて火を消した。
 電子レンジの音が急かすように鳴る。親にとって朝は戦場だと、かつて自分の母親から聞いたことを不意に思い出した。
 ご飯を食べさせるのもひと苦労だ。離乳食を作るのも時間だってかかるし、まず遊びはじめるので、ひと筋縄ではいかない。スタイをつけた我が子の姿は可愛いが、手は汚すしテーブルの上はめちゃくちゃになる。騒げばもっとはしゃぐし、叱れば泣き出してしまう。朝から汗だくだ。
 この大惨事を片付けたあとは、歯磨きをしたり登園のための準備をしたりする。加えて、自分の着替えや出勤の準備をしなくてはいけない。髪を丁寧に整えたり化粧に拘ったりする暇なんてない。時間がいくらあっても足りない。時計は残酷に猶予のない時刻を示していた。
「大変。間に合わない。洗濯を干すのは諦めよう」
 生乾きになるだろうし、放置したら薄手の衣類は皺になってしまうだろう。つまりは洗濯をやり直さないといけないことになる。帰ってきたらコインランドリーに駆け込むことが決まった。
 もうちょっと貯金できたら、乾燥機付きの洗濯機を買いたい。もっと稼げるようになったら暑さや寒さを凌いで送り迎えできるように車を買いたい。欲望は尽きない。
「まぁまー!」
 まだ 一歳を過ぎたばかりの幼い我が子に甘えられ、光莉(ひかり)は愛情を込めて抱きしめ返した。
 もうすぐ保育園に預けられるということを肌で感じているのだ。
 無垢な瞳に見つめられると、罪悪感にも似た感情がせり上がってきて、胸が締めつけられる。我が子を抱きしめる腕に知らずに力がこもった。
 この子がいれば他には何も望まない。この子を必ず幸せにすると誓った。そのためだったらなんでも頑張れる。
「あーくん、大好きだよ」
 けれど――。
 不意に我が子にあの人の面影を見つけては胸が詰まった。
 今頃、彼はどうしているのだろう。恋しさと寂しさが急に胸に広がっていく。
 会いたい、会いたい、会えない……。
 彼は事実を知らないのだ。会えるはずがない。それなのに。
 考えてはいけないと思っていても、日に日に彼に似てくる我が子を見ていれば、忘れられるはずがなかった。

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