孤毒の月
001.気づいて
〜〜〜♪〜〜〜♪
離れた場所から
微かに目覚ましの音が聞こえる。
カーテン越しに
外が明るくなっているのがわかった。
目覚ましの音が止んだ後、
バタバタと歩き回る音が聞こえ
その足音は、バタンッと玄関の扉が
閉まると同時に消えた。
家の外で車のエンジン音が聞こえ
その音も、数分後には居なくなっていた。
いつものように
父親が仕事に行った。
お父さん行っちゃった……
そんな風に考えてると僕の身体は震え出した。
こわい…
恐いよ…
お父さん…
早く帰ってきて……
数分前に仕事に出かけたばかりの
家にはいない父親に縋った。
すると、
僕が寝ている部屋に
ドカドカと父親とは違う足音が近づいてきた。
部屋の前で足音が止まると同時に
すごい勢いで、乱暴に扉が開いた。
小学校低学年の僕は
それが恐くて布団に潜って震えていた。
『いつまで寝てるんだっ!!!!!!』
怒鳴られた瞬間に、思い切り蹴られ
背中に激痛が走った。
蹴られた痛さに耐えながら恐る恐る
布団から顔を出すと、
僕を見下ろして睨んでいる継母が立っていた。
父親の再婚相手、つまり僕の母親ではない女。
父親が仕事に行った後の午前5時。
毎日繰り返されるこの朝が
僕は恐怖で嫌いだった。
『さっさと起きて掃除しろ!!!!!』
さんざん怒鳴り散らした後、
またドカドカ足音を鳴らしながら
継母は僕の部屋を出て行った。
僕は蹴られて痛む背中を押さえながら
布団から起き上がった。
毎日、父が仕事に行ったのを見計らって
僕の部屋に来ては殴ったり蹴ったりして僕を起こしてきた。
リビングに行くと、継母の娘で血の繋がっていない
一つ上の姉、凛がテレビを見ながら先に朝食を食べていた。
凛は僕を見るなり、あからさまに馬鹿にしたように
フンっと鼻を鳴らして笑ってきた。
僕は、脱衣所に向かい雑巾を絞って
リビングの床を拭いた。
それがいつもの日課になっていた。
そうしないと殴られるから。
僕が床を拭いていると、継母も食卓に座り凛と一緒に
朝食を食べ出した。
『あらら、凛ちゃんごはん粒ついてるよ〜』
気持ち悪い猫なで声で、
継母は凛の口についた米粒を取った。
床を拭きながら僕がその様子を見ていると
『なに見てんだ!!!さっさと拭け!!!』
様子を見ていた僕に、継母がまた怒鳴ってきた。
「はい…ごめんなさい…」
怒鳴られる度に恐怖で身体が震えた。
殴ったり蹴ったりは勿論、
たまに包丁やハサミなどの鋭利な凶器まで
平気で投げつけられ、小学生ながら何度も命の危機を感じていた。
小さい体でなんとか全部の床を拭き終え
洗面所で手を洗って僕も食卓に座った。
僕の席にはご飯が用意されていなかった。
そういう嫌がらせも度々されていた僕は、
あぁ、今日もご飯もらえない日か……
くらいの感覚になっていた。
だけど身体は正直で、美味しそうな朝食を目の前にし
美味しそうな香りでグゥ〜…と大きな音を鳴らしてしまった。
お腹の音を聞いた凛と継母は
二人して僕を睨んできた。
僕は必死にお腹が鳴らないように
自分のお腹を両手で強く押さえた。
すると継母が、
『ご飯、欲しいの?』
と珍しく僕に聞いてきた。
「欲しいです…」
僕がお腹を押さえながら恐る恐る答えると
継母は立ち上がり、ご飯をよそった茶碗を
僕の目の前に置いてくれた。
その珍しい継母の様子に
”きっと今日は機嫌がいい日なんだ”と少し嬉しくなった。
僕は「いただきます!」と言って
持った箸をおかずに伸ばすと、
『おかずは食べるな』と言われた。
やっぱり機嫌がいい訳ではないのかな?
と思いながら、白米を口に入れた。
何も貰えないよりはマシだったけど、
やっぱり白米だけの味は、小学生の僕にはキツかった。
「あの…」
『何よ』
「ふりかけだけでもいいので
貰えませんか…?」
殴られても、ふりかけが貰えるならいいと思い
勇気を出して継母に言った。
怒鳴られるかと思ったが、継母はため息をつきながらも
席を立ってキッチンへ向かった。
白米もふりかけも貰えるなんて
僕にとってはラッキーな日だった。
嬉しい気持ちが顔に出てしまっていたのか
そんな僕の様子を見ていた凛と目が合った。
『何喜んでるの?気持ち悪い』
凛がそう吐き捨ててきたが、
ご飯を貰える嬉しさで僕は気にもしなかった。
継母が戻ってきて、僕の目の前にふりかけのビンを置いた。
「ありがとうございます」
継母に言いたくもないお礼を言って
白米の上にふりかけをかけた。
いつもとは違ったふりかけだったけど
この際、食べられるなら賞味期限が切れていようが
何だってよかった。
ご飯を口に入れて何回か噛むと、
徐々に口の中が熱くなり、痛みが出てきて
僕は噎せ返ってご飯を吐き出してしまった。
涙目になりながらゲホゲホと噎せる僕を見て
継母と凛が声を出して笑い出した。
ふりかけのビンを見ると
読めない漢字が書いてあった。
ある程度成長してから理解したが、
それは七味唐辛子だった。
『きたねーな!ちゃんと全部食え!!』
そう吐き捨ててきた凛が、テーブルに置いてあった
水の入ったピッチャーを両手で持ち
ゲラゲラと笑いながら僕の頭から水をかけてきた。
悔しかった。
こいつらの言動全てが憎かった。
七味と水でグチャグチャになったご飯を
泣きながら食べた。
何とか全部食べ終えて、
こぼされた水を拭き、食べ終えた茶碗と箸を洗い
僕はトイレに向かった。
唯一1人きりになれる空間だった。
泣いてるだけで怒鳴られ殴られる生活だった。
だから僕は、泣いてるのがバレないように
声を殺して、泣いた。
トイレの壁に刺さっていた画鋲で
壁下の見えないような場所に泣きながら文字を彫った。
”お父さんたすけて”
”早くかえってきて”
”僕に気づいて…”
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