孤毒の月

002.心の絆創膏

両親が離婚した時に、どちらと一緒に居たいか聞かれ

母親は母方の家族と暮らすことになり
遠くに行かなきゃいけないと言われた。


父が1人で暮らすと聞いた時は、

何だか1人になってしまう父が可哀想になり


母も好きだったけど

父はもっと好きだった。


だから、僕は父親と暮らす事を選んだ。












父親と過ごしていると、

いつからか、あの継母と凛が家に出入りするようになった。




当時、大人達の事情なんてわからなかった僕は

”新しいお母さん”だと伝えられ
流れに身を任せて受け入れていた。







気がつけばいつの間にか、

父親がいない時に継母や凛からの
嫌がらせや暴力を受けるようになっていた。





そして、本能的に父が悲しむと思い
その事実を父親には言えなかった。








お風呂に入ろうとお風呂場に行くと
浴槽にはお湯ではなく、水が溜められていた。


すると後ろから継母が来て、僕の身体を持ち上げて
水の張った浴槽に沈められた。


冷たすぎる水に驚き、手足をバタバタさせたけど
子供の力では勝てなかった。

バタバタしてるうちに鼻と口から溜めていた酸素が漏れて
鼻から水を吸い込んでしまった。


大量の水が肺に入ってくるのがわかった。





ダメだっ…死んじゃう…


そう思った途端に、僕の身体は水中から引き上げられた。



急に酸素を取り入れたからか、

僕はまた苦しくて噎せ返って
ゲホゲホと水を吐き出した。




そんな僕を見て継母は楽しそうに笑っていた。







それから僕は、プールの授業でも海へ行っても
顔に水がつくのが恐くて泳げなくなった。









父が仕事から帰ってくると、
”今日はもういじめられない”と毎回安堵した。


父がいる時の継母はまるで別人になる。


それも正直、気持ちが悪かった。



父がいる時の夕食は、ちゃんとご飯が食べれた。



父はいつも自分のおかずを
僕や凛に分けてくれる、そんな人だった。


それが気に食わないのか、その様子見て
たまに継母が父の目を盗んでは僕を睨んできた。


それに気づいた僕は、次の日の朝が恐くて
父が良かれと思ってしてくれる事を

「いらない」と言って断るようになった。



父はそんな僕を見て、多分悲しかったり
色んな感情だったんだと思う。


僕は心の中で

「ごめんね、お父さん」

と何度も謝った。








そんな継母のやり口は巧妙で、

父や近所の人間には外面が良く


僕にそんな事をしているなんて誰も気づかなかった。









そんな僕でも、有難いことに学校には
仲の良い友達がいた。


朝の嫌な事を忘れられる場所でもあった。




『日向おっはよー！！！』


校門を通ると、仲の良い友達

佐藤と小川(こがわ)と真内(まうち)の3人が駆け寄ってきた。



「おはよう！」


僕は学校にいる時が幸せだった。







勉強は苦手だったけど、体育の運動は大好きだったし

友達と騒げる休み時間も好きだった。




休み時間に遊んでいると、朝、継母に蹴られたお腹が痛んだ。


僕がお腹を押さえてうずくまると
友人の３人が心配してくれて駆け寄ってきた。



『日向、大丈夫か！？』


正義感の強い佐藤が真っ先に僕の身体を支えてくれた。


小川と真内が先生を呼ぼうとする為、

僕は「大丈夫大丈夫！ちょっとトイレ行ってくる！」
と笑って３人に伝えて、保健室に向かった。







保健室の扉をノックすると

中からは『はーいどうぞー』と
保健教師の白石先生の声が聞こえてきた。


お腹を押さえる僕を見て
白石先生は”早く入んなさい”と言わんばかりに

手をブンブンさせながら僕に手招きをした。




保健室に入って、中にあるソファーに腰を下ろした。



『お腹痛い？？最近、うんちは出てる？』


しゃがんで心配そうに僕の顔を覗いてくる先生に


「出てないかも…」


と嘘をついた。



家で殴られているなんて
とてもじゃないけど言えなかった。



『ちょっとお腹見ていい？』



そう言って僕の服を捲(まく)ろうとする
先生の手を掴んだ。



『大丈夫だよ日向くん。
先生しかいないから恥ずかしくないよ』


そう言って白石先生は僕がつかむ手を握って
服を捲った。






すると、僕のお腹を見た先生の表情が変わった。


バレてしまったと思い僕は目をギュッと瞑った。




『ごめんね日向、ちょっと身体見ていいかな？』


先生の声は真剣さを増して
背中や肩なども確認してきた。



「先生、大丈夫だから…遊んでたらぶつけたり転んだんだ…」



それを聞いた先生は大きく深呼吸をして、僕の頭を撫でて
僕が座るソファーの隣に腰を下ろした。




『日向くん、私は日向くんの味方だから
言わないでほしいことは絶対に言わない。

だけど、このアザの理由が心配で先生今日は眠れそうにないし
もしかしたら明日学校休んじゃうかも』


と言い出した。


校内で生徒や先生から人気があった白石先生が
登校すると必ず会えるのに、自分のせいで休まれるのが単純に嫌だった。




『誰かと喧嘩しちゃったり、一方的に叩かれたりとか
してないかな？』



「………」




『先生、約束は守るよ大丈夫』




「お…おかあ…さんに…」



小さく声を詰まらせながら言うと


白石先生は僕を優しく抱きしめてくれた。



僕はその瞬間に涙が溢れた。



いつもの癖で声を殺しながら泣いてると



『子供なんだから声出して泣いていいんだよ…』


先生が優しくそう言ってくれたけど


長く染み付いたものはすぐには消えなくて

僕は声を出して泣くことができなかった。


抱きしめてくれた先生の身体も
少し震えてる気がした。





「先生…誰にも言わないで。
僕は我慢できるしお父さんと一緒に居たいから…」


そういう事をされてる子供が
どこに行くのかは何となくわかっていたし

父さんと離れるのが嫌なのと、

僕がそんな事されてると友達にバレたくなかった。



何よりも継母の報復が恐かった。



「何かあったらすぐに言うから…
僕が我慢できる内は…誰にも…他の先生にも言わないで…」



僕が必死にお願いすると、

白石先生は”約束”と言って指切りしてくれた。





『お姉ちゃんの凛ちゃんは…この事知っているの？
凛ちゃんも同じことされてる？』



そう聞かれた僕は、首を横に振った。



「あいつは…されてない。
僕がされてるのは見てるから知ってる…
一緒にいじめてくる…」



僕がそう伝えると

『そっか…これも内緒だね』


と僕に再確認するように頭を撫でてきた。



『お腹痛いならベッドで休んでいいからね？
担任の先生には私から言っておくから』



「家に帰れって…言われないかな…？
お父さんがいないから早く帰っちゃうとまた…」



『私が上手に言っておくから大丈夫だよ。
じゃあちょっと先生、担任の先生に伝えて来るから
ベッドで休んでて』




そう言って白石先生は保健室から出て行った。



先生が出て行った直後に

次の授業が始まる合図のチャイムが鳴り響いた。





僕は一番端の窓際にあるベッドに横になり、

窓の外に見える校庭をぼんやり見つめていた。



気がつけば、お腹の痛みはいつの間にか和らいでいた。




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